老老介護、認認介護を上手く続ける現場からのヒント​

取材:2024年2月16日 メモリーケアクリニック湘南(神奈川県平塚市)

お話を伺った方

メモリーケアクリニック湘南 院長
認知症専門医
内門 大丈 先生

メモリーケアクリニック湘南 院長、横浜市立大学医学部臨床教授。東京都精神医学総合研究所(現東京都医学総合研究所)で神経病理学の研究を行い、2004年より全米屈指の医療機関メイヨークリニックに研究留学。2008年、横浜南共済病院神経科部長に就任。湘南いなほクリニックを経て、現在に至る。診療に加え、認知症に関する啓発活動、地域コミュニティの活性化に取り組んでいる。

認知症専門医の内門先生に、老老介護・認認介護についてインタビューしました。実際の難しさや、心がけておきたいポイント、相談先などを解説します。

老老介護、認認介護のケースは増えていますでしょうか?​

もの忘れや認知症に不安を覚える方を中心に診るメモリークリニックでの肌感覚を通しても、いわゆる「老老介護」、「認認介護」のご家庭が増えていると感じています。人口の高齢化や核家族化が進む環境下では、少数の家族で高齢の家族を支える介護の実態は避けられず、誰もが経験し得る介護の一般的な形態となっているように思います。

老老介護、認認介護の難しさはどのようなところにありますでしょうか?​

最も身近で支える同居の介護者が少ないということは、それだけでも大変なことですが、いわゆる「老老介護」においては、ご自身の体の不調や動きづらさを抱えた中で介護をすることが多くなります。
また、介護のある生活を上手に無理なく続けるためには、さまざまな公的な社会福祉制度や地域のサポートを活用していくことが大切ですが、そうしたことが不得手な方々もいらっしゃいます。小さな家庭の中で「私がなんとかしなくては」と強い責任感を持って、介護に注力し、心身ともにストレスを抱えた「介護疲れ」の状態に陥ってしまう方もいますが、そうなると大変です。
介護生活全般にも言えますが、ご家庭内で介護のことを抱え込むのではなく、外部の制度や地域の支え手を上手く利用しながら介護を続けることが大切と考えています。
認知症介護のケースも多くなっており、いわゆる「認認介護」のケースも存在します。その場合はより外部からのサポートを受けられる体制を採っていることが、介護生活を続ける上で大切になります。

老老介護、認認介護を上手に続けられているご家庭の特徴はありますでしょうか?​

上手く続けていらっしゃるご家庭はやはり、介護が必要になった後でもお互いの関係が良く、特に主な介護者となる方がご自身の生活を充実させていらっしゃる、ということが言えるかと思います。
先の見えない介護生活だからこそ、介護者が無理なく自分の時間を持って過ごせる介護生活の環境を作り上げることが、ご自身にとっても、介護される方にとっても大切です。

老老介護、認認介護を上手に続けるポイントはありますでしょうか?​

①介護の中も良好な関係を保つ「介護」「認知症」観の転換

家庭内での良好な関係を保つ上では、「介護」や「認知症」との向き合い方も大切です。
介護生活においてはどうしても、昔と比べて「〇〇ができなくなった」「〇〇もわからなくなってしまった」といったというネガティブな側面を見てしまいがちです。そうなると不満や不安から大きなストレスを抱えてしまいます。
ですが、できなくなった「過去」よりも、未来に向けた「いま」が大切です。介護が必要になった「いま」の状態から、何ができるか。いまできていることに目を向け、一緒に歩んでいくことが介護生活を上手く続けるうえで大切な姿勢になると思います。
認知症介護の場合も同様です。認知症はまだ「治せない病気」ではありますが、「不幸になる病気」ではありません。認知症の人の幸せを願い、状態を良く介護のある生活を送るためには「いま」を充実させることが有益です。いろいろなことができなく、分からなくなってしまったとしても、家族や周囲の人が前向きに自分にかかわり、あたたかく寄り添ってくれると認知症の方も安心し、状態の進行も遅らせることにもつながります。

一方で、認知症の人に「関わる」ことは「世話をすること」とイコールではありません。
認知機能が低下してくると、それまでできていたことができなくなり、身の回りのサポートが必要になります。ですが、「できないから」となんでも代わりにさっさとやってしまうと、ご本人のできることを奪い、自尊心が失われ、ご本人の持つ意思や意欲を失わせてしまうことにつながります。
たとえば妻が夫のもの忘れを「違うよ」「さっき言ったでしょ」と指摘し続ければ、ご本人はわざとしているわけではないのに、不安や孤立感を深め、混乱して状態を悪化させてしまいます。
実際にクリニックでも初診の際にご自身で認知症の不安を持っていらっしゃって私とも打ち解け朗らかにお話されていた方が、二度目の診察の際には妻から「なんでこんな病気になっちゃったの」と詰問され、別人のように萎縮しうつむいてしまっていたケースを経験したことがあります。

実際、ご家族が認知症の人のさまざまな言動や行動を生活の忙しさの中で許容するには相当の寛容さや忍耐力が求められます。だれもが苛立ちやストレスを感じ得る状況ですので、やはり一人で抱え込むのではなく、専門家を頼り時に休み、介護される方が安心して接することができる介護者のサポーターを増やしておくことが重要です。
たとえば、できるだけ認知症が軽度の段階から、介護と自分の生活のほかに1週間に1回数時間でも余白の時間を作っておくことが大切です。自分の好きなことをする、自分自身のケアをするために使う時間を設けるなどです。

こうした時間は、介護保険制度のショートステイ(短期入所介護)やデイサービスなどを用いることで生み出すことができます。前述の通り、制度や地域の支え手の力を上手く利用して、時には休める体制で自分の時間を持ったり、趣味に興じたり、ご自身の生活を充実させていることが大切です。

②頼るべきは、遠くに住む家族よりも近くの善意ある第三者

老老介護においては、特に遠くに住む家族よりも近くの善意ある第三者、が大切です。家庭内の二者関係だけではどうしても介護生活に行き詰まることが多くなってしまいます。
社会的にも介護保険制度や自治体の福祉制度など支える制度が設けられていますし、地域や近隣の人との間のお互い様の支え合いのつながりもあると思います。そうした地域のリソースを活かして無理なく介護を続けられる体制をつくることが上手く介護を続けるポイントになるでしょう。
今の時代、「介護のある生活」「認知症の家族がいること」はまったく恥ずかしいことでも隠すべきことでもありません。積極的に周囲の方を頼ってください。
たとえばある女性は、在宅介護中の認知症の夫にどうしてもやさしくすることができませんでした。元から怒りっぽかった夫が、認知症になってさらに怒りっぽさがまし、介護に限界を感じていました。ですが、介護保険制度を利用し、医療や介護スタッフにあたたかい声をかけてもらうようになると、夫の怒りっぽさはなくなりました。別人のように穏やかに変わっていき、積年の恨みの気持ちもやわらいでいったそうです。

また、外部からの人のかかわりによる影響はご本人にも生じます。
たとえばある90歳近い認知症の女性は、ほぼ引きこもり状態で生活していましたが、ご家族にクリニックに連れてこられたのをきっかけに薬物療法を開始しました。同時に介護保険制度も導入し、デイサービスや訪問リハビリのサービスを利用するようになりました。すると、当初は気力も衰え、表情も乏しかった女性が、徐々に笑顔を見せるようになったケースがあります。

認知症の病気そのものはまだ治せませんが、BPSDと呼ばれる周辺症状は人とのかかわりの中で大きく変化することが知られています。個人的には「人薬」と呼べるような効果をみせることもあり、ご家族や信頼できるサポーターと接しながら、人間らしい関係を保つことが大切だと改めて感じたケースでもありました。

認知症は、自分の希望を表明することも難しくなってしまう病気ですが、その人のその人らしさは本人の中にずっと生きています。介護される方ご本人の本音が、信頼できる第三者の方に出てくるケースもあります。

たとえば家にこもりきりだった認知症の男性は、ご家族には聞いてもやりたいことを話しませんでしたが、リハビリ中の和やかな雰囲気の中で理学療法士さんに「いまの夢は?」と聞かれた際に、「春に故郷の桜を見たい」とずっと抱いていた想いをもらしました。ご家族はご本人の願いをかなえる計画を検討されたそうです。

ご家族や周囲の方々もあきらめずに認知症の人とのかかわりを持ち続けていだければと思います。
とはいっても、いざ介護が必要な段階になると、どうしてよいのか困ってしまわれる方もいらっしゃいます。その際はまずは近隣の地域包括支援センターに相談してみてください。制度利用や地域の福祉リソースに詳しい専門職の方々がいらっしゃいますので、必要なサポートにつなげてくれます。

老老介護を上手に続けるために、他のご家族が心がけておくことはありますか?​

まず遠くの息子さん娘さんなどご家族は、ご両親に介護が必要になっていることや状態の変化にどうしても気がつきづらいところがあります。ご両親からはなかなかお話になりませんし、お子さんの前では特に元気に気丈にふるまいがちです。介護が必要になった時、または認知症などの心配がある時に、はやく気がつくことができるようご両親の友人方や近隣のご家庭とも情報交換できる関係を築いておくことも大切です。
介護生活が始まった後はどうしても、ご両親のより近くにいる福祉や地域の支え手の力をお借りすることになります。そうした方々はきっと介護が必要になった後も見守ってくれる強い味方になってくれます。介護が必要になった後に、ではなく普段から良好な関係を築いておくことが何より良いと思います。
また、現在は従来の「介護は家族が見るべき」といった意識も変わってきていますので、将来も見据えてご家族で介護が必要になった時の話をしておくことも良いでしょう。

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